2025年8月、アフリカ開発会議(TICAD)のために来日した国際移住機関(IOM)のエイミー・ポープ事務局長が毎日新聞の取材に応じ、日本社会に向けて重要なメッセージを発しました。その内容は「少子高齢化で労働力不足に悩む日本」と「若年層の雇用創出が課題となっているアフリカ諸国」のニーズは一致しているという指摘です。さらに彼女は、「ただ外国人労働者を受け入れるだけでは不十分であり、地域の一員として参加できる環境整備が不可欠だ」と強調しました。
この発言は単なる外交辞令ではありません。現代の日本において、外国人労働者の存在はすでに日常生活のあらゆる場面に広がっています。介護施設や建設現場、農業の担い手として彼らがいなければ回らない現場は数多くあります。しかし、受け入れる側である日本社会は本当に十分な準備をできているのでしょうか?
例えば筆者の住む地域でも、近年外国人住民の姿をよく目にするようになりました。スーパーで働くベトナム人の店員さん、保育園に通うフィリピン出身の子どもたち。彼らは確実に「地域の仲間」として存在感を持っています。それでも「日本語が十分に話せない」「地域活動に参加できない」など、社会的な壁があることも事実です。IOM事務局長の指摘は、こうした現場感覚とも重なっていると感じます。
こんな方におすすめ
- 政治や国際問題に関心があり、現政権や国際機関への不信感を抱いている方
- 共生の必要性は理解しつつも、治安や文化摩擦に不安を持っている方
- 外国人労働者が増えてきた地域に住み、生活の変化を実感している方
IOM(国際移住機関)とは?
IOM(International Organization for Migration:国際移住機関)は、1951年に設立され、現在はスイス・ジュネーブに本部を置く国連関連機関です。その使命は「安全で秩序ある移住を推進する」ことにあり、世界中で移住者や難民の支援を行っています。加盟国は175か国を超え、現場拠点は世界100か国以上に広がっています。
活動内容は多岐にわたります。難民や国内避難民の輸送・保護、移住労働者の権利保護、各国政府への移住政策の助言、さらには人身取引対策や国際的な研究まで。単に「人を移動させる組織」ではなく、「人権と尊厳を守る国際的なハブ」として機能しています。
日本とも深い関わりがあります。技能実習制度や特定技能制度を通じて、すでに多くの外国人労働者が来日していますが、その過程でIOMは研修や保護活動に関わることもあります。例えば人身取引の被害者支援や、帰国支援プログラムなどです。つまり、IOMは外国人労働者が「働きやすく、暮らしやすい環境」で活動できるよう国際的に後押ししている存在なのです。
こうした背景を理解すると、今回の事務局長の発言が単なる「経済的合理性」ではなく、「人間を中心に据えた移住政策」の重要性を伝えていることがよく分かります。
日本の現状と課題
では、日本社会はどのような状況にあるのでしょうか。ご存じのとおり、日本は世界でも類を見ないスピードで少子高齢化が進んでいます。出生率は低下し続け、労働人口は急速に減少しています。特に介護、建設、農業、製造業といった現場は慢性的な人手不足に直面しており、外国人労働者の存在が不可欠となっています。
しかし、その一方で課題も山積しています。待遇の不平等、日本語教育の不足、社会保障制度からの排除、地域社会への定着の難しさなどが挙げられます。たとえば技能実習生が低賃金で過酷な労働を強いられるケースは国内外で大きな批判を浴びています。
筆者自身、地域のイベントで外国人住民に出会った際、「仕事と住む場所はあるけれど、地域とのつながりが薄い」と語っていたのが印象に残っています。つまり、日本社会は「外国人に来てもらう」ことには成功しても、「外国人と共に暮らす」部分ではまだ道半ばなのです。
このままでは、労働力不足は一時的に補えても、真の共生社会は築けません。IOMが訴える「環境整備」とは、まさに日本が直視すべき課題の核心部分に触れているのです。
アフリカの若者と雇用課題
アフリカは世界で最も人口増加が著しい地域であり、若者人口が爆発的に増えています。本来であれば、これは経済成長の原動力になるはずですが、雇用を十分に生み出せなければ「若年失業」という深刻な社会不安につながります。国際社会にとっても無視できない課題であり、IOMや各国政府は「国際的な移住」を解決策として推進してきました。
一方、日本は少子高齢化で労働力不足にあえいでいます。こうした状況を見れば、「雇用にあぶれたアフリカの若者」と「人手不足の日本」という組み合わせは、まるでパズルのピースのように“都合よく”はめ込まれているように映ります。しかしこの「都合の良さ」こそ、国民から疑念を抱かれる理由でもあります。
現実には、日本の実質賃金は伸びず、むしろ外国人労働者を「安価な労働力」として受け入れることで賃金抑制の道具にされているのではないか、という見方が強まっています。アフリカの若者にとっても「希望に満ちた移住」ではなく、「母国での雇用がないから仕方なく出稼ぎに出る」ケースが多いのが実情です。
つまり、国際会議や政府の資料で語られる「Win-Winの関係」という表現は、表向きのスローガンに過ぎないのではないでしょうか。実際には「安い労働力を必要とする先進国」と「雇用を生み出せない途上国」の利害を帳尻合わせしているだけ。その裏で利益を得るのは国際機関と企業であり、国民や当事者である移民の声は置き去りにされている。そう感じる人も少なくありません。
-

参考シンガポールの外国人労働者受け入れ政策とは?最新動向と日本との比較
先日、友人との食事中に「最近、日本でも外国人労働者の受け入れをめぐる議論がニュースやSNSでよく話題になっているよね」という話になりました。特にX(旧Twitter)やTikTokなどでは、「シンガポ ...
続きを見る
IOM事務局長の発言の意味

今回のポープ事務局長の発言で特に重要なのは、「労働移民を単なる労働力として扱わない」という視点です。彼女は「働き手の公正な待遇と報酬を確保し、コミュニティの一員として参加できる環境が不可欠だ」と強調しました。これは単なる理想論ではなく、国際的な移住政策の基準になりつつある考え方です。
公正な待遇とは、同じ労働に対して日本人と同等の賃金や労働条件を提供することを意味します。報酬だけでなく、社会保障や安全な労働環境も含まれます。また「コミュニティの一員」とは、地域行事や教育、医療、行政サービスに平等にアクセスできる状態を指しています。
例えば筆者の住む町では、地域の夏祭りに外国人住民が積極的に参加するようになりました。最初は言葉の壁もありましたが、地元の有志が通訳や案内を行うことで、一緒に楽しめるようになったのです。このような小さな積み重ねが、移住者にとって「自分も地域の仲間だ」と実感できる環境につながります。
IOM事務局長の言葉は、こうした草の根の実践を国際的な文脈で裏付けるものであり、日本社会が次のステージに進むための指針といえるでしょう。
しかし、日本の現実はどうでしょうか。IOMが求める「公正な待遇」とは裏腹に、実質賃金は上がらず、むしろ労働コストを抑えるために外国人材を“安い労働力”として頼る構図が見えてきます。介護や農業の現場では「日本人が嫌がる仕事を低賃金で外国人が担う」という仕組みが固定化しつつあります。これでは、外国人が地域の仲間になる以前に「安上がりの働き手」として扱われる危険があります。
アフリカホームタウン問題、JICA/外務省もある意味傀儡で、バックにいるのは国際移住機関(IOM)のような香ばしさ。
— Zomas (@zomas_v1) August 27, 2025
今月開催のTICAD9に絡んでIOMが主催者として『人の移動がつなぐ、アフリカ人財と日本企業がともに拓く未来』なるシンポジウムを開催。… pic.twitter.com/M5iVLVEsBu
JICAホームタウンとの接点
ICAホームタウンは本来、地域社会と世界をつなぐ「草の根の国際協力」を目的とした事業です。自治体や市民団体と連携し、外国人住民を地域の一員として受け入れ、共生を後押しする仕組みだと説明されます。耳障りは良いのですが、実際の現場では「国民が望んでいない共生を、上から押しつけられているのではないか」という不満が広がっているのも事実です。
背景には、日本社会が深刻な少子高齢化で労働力不足に陥っている現実があります。政府はその解決策として外国人労働者の受け入れを拡大してきました。しかし、国民の側には「安い労働力を海外から入れることで、国内の実質賃金は上がらないまま固定化されるのではないか」という疑念が強く残っています。さらに、治安や文化摩擦への懸念、地域社会が変質してしまうことへの不安も根強いのです。
国際移住機関(IOM)
— あずきなこ🐥 (@azukinako0haji) August 28, 2025
エイミー・ポープ 事務局長
「370万人の移民が日本を故郷と呼んでおり…」
はぁぁぁぁぁ!!??💢💢💢💢https://t.co/KoatRRbz27 pic.twitter.com/jsKKAVMOtg
そうした国民感情をよそに、政府は国際社会の潮流を理由に受け入れを既成事実化しています。その裏には、国際移住機関(IOM)の存在があると言っても過言ではありません。IOMは「安全で秩序ある移住」を掲げ、日本に対しても「外国人労働者の受け入れ体制を整備せよ」と繰り返し提言してきました。表向きは国際的な理想を唱えているにすぎませんが、結果的には日本政府の政策決定に大きな影響を与えています。
JICAホームタウンは、まさにその国際的な方針を地域社会に「根付かせる」ための仕組みとして機能しているように見えます。つまり、IOMが国際会議で方向性を打ち出し、日本政府がそれを政策化し、JICAが地域に落とし込む。この三層構造のなかで、国民は十分な議論の機会もなく、「外国人との共生」に巻き込まれているのです。
-

参考JICAアフリカ・ホームタウンなぜ今?なぜこの都市と国?
―美名の裏に隠された思惑とは?― ある晩、テレビのニュースを何気なく見ていたときのことだ。「日本の4都市がアフリカの国々と手を組み、新しい国際交流を始める」と、アナウンサーが笑顔で伝えていた。表向きは ...
続きを見る
もちろん外国人労働者の受け入れは避けられない現実かもしれません。しかし、問題は「誰のための移民政策なのか」という点にあります。国民の生活向上や地域の安全を第一にするのか、それとも国際機関の理想や政府の都合を優先するのか。現状を見る限り、後者の色合いが強いと言わざるを得ません。
まとめ
IOMが掲げる「公正な移住」の理念は耳障りは良い。しかし、その裏で実際に進んでいるのは、安い労働力を求める政府と企業の思惑だ。少子高齢化の日本にとって、外国人労働者の存在はすでに避けられない現実となっているが、問題はその受け入れ方が「国民不在」で進められていることにある。
JICAホームタウンのような事業は、国際機関の方針を地域に押し付ける役割を果たしつつある。つまり「共生社会」という美名のもと、実態は国民に議論の余地を与えずに移住政策を既成事実化しているのだ。
日本が直面しているのは、「共に生きるかどうか」ではなく、「いかにして強制された共生を自らの利益に変えるか」という課題である。国民の生活や賃金が置き去りにされたままでは、移住政策は新たな分断を生むだけだろう。
